あなたが出会った時は

物乞いをしてきた子どもにポテトチップスを買った。
なんて不健康なものを買ったんだということはちょっと置いておく。

Pyayのナイトマーケットに行ったのだが、食べ物を探していると小さな男の子が突然手を差し出してきた。小さく首を振ってそのまま過ぎ去って行った。
腹ごしらえも済み、その晩の列車の為に(といっても翌朝の為だが)何かつまむ物を探していた。
ビルマにやって来て大きな変化があった。それは児童労働が平然と行われていることだ、物を運んだりする肉体労働の場面から、店で物を売る仕事まで、あらゆるところに子どもたちが溢れかえっている。
旅に出る前の2年間は子どもと関わる仕事をしていたので、それを見るたびに同年代の日本の子どもたちの顔が浮かんだ。
さて、マーケットではバナナを探していた。何故ならそれが一番私にとって好ましい果物だからだ。しかしそこには他の果物(マンゴー、ドリアン、リンゴetc)はあってもそこにバナナは存在しなかったのだ。そこでも当然のように女の子(小学校4,5年生くらいかな)が売り子として働いていた。彼女は別にいかにも観光客感丸出しの観光客である私に声をかけてきたりすることもなく、仕事をしていたのだが少し目が合い、こちらもジッと見ていた。
さて、バナナがないので何か別のものをと思い辺りを見渡すと、透明なビニールに入ったポテチに目がいった。別に好きでもないのだが、とりあえずそれを手に取ることにする。
するとそこに今度は先ほどとは別の兄妹の物乞いの子どもがやって来た。
普段私は物乞いに対しては何か渡したりということはしない、しかし何故だかその時はこのポテチを一袋余計に買って一つあげようという考えたが頭に浮かんだ。何故だかわからない。
そうして一袋のポテチを渡した。彼らは貰うとにこりともせず背を返し立ち去って行った。
ふと視線を感じ後ろを振り向くと、先ほどの果物売りの少女がこちらをジッと見ていた。睨みつけているのとは異なるが、穴の開く様な視線をこちらに投げかけていた。
そのままそこを立ち去ったのだが、少し進んで振り向くとまだ彼女はこちらを見つめていた…

とてもきまりが悪い気持ちが残った。何故彼女はあの様に私を見ていたのか。
瞬時に浮かんだ考えは「あたしは働いてるのにどうして彼らは何もしないで食べ物を得ることが出来るのか?」という視線だったのではないかということ。
基本的な私の考えとしてはただ無条件に何かを求めてくる人には基本的には何も渡さないということ。これがいいのか悪いのかはよく分からないが、逆に何か物品を持ってきた場合にはそれを買うという事は時々してきた。
例えば思い返すとボリビアで謎の青いジュースを売ってきた少年からそれを買った(その夜腹を下したのはそのせいではないかと後から思ったが…)。

色々考えさせられる出来事だった。