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日本軍が一回爆撃した橋

シーポー行きの電車は2等席。
皆さんスヤスヤと駅で寝ていらっしゃる。


指定の席にやって来ると、自分の席以外は埋まっている。足元も含めて…
巨大なバスケットが私の席の目の前にドカンとはまっている。脚が伸ばせないじゃ無いか!!
すると側にいたお坊さんがバスケットを引っ張って脚を伸ばせるようにしてくれた。ありがとう。
お坊さんは日本語が達者であった…
とても日本が好きらしく、日本の工業製品を絶賛していた。
色々話している中でさらっと、
ミャンマーはイギリスと日本の植民地だったから…」
という言葉があった。別に何か意図のある言葉ではなかったと思うのだが、ビルマをはじめとするアジアの国々を日本が第二次大戦中に侵攻したという事実がある中で、『日本の植民地だった』という言葉を現地の人から聞くと何だか感じるものがある。

さてさてわ寝たり起きたりを繰り返しつつ時間が過ぎていく。マンダレーを出発して約7時間ほど過ぎると、見えてきた!鉄橋!!



橋の上はとてもゆっくり走る。
見た目落ちないかとても不安。
シーポーまではまだ遠いい。シーポーまで行って泊まったらマンダレーまで戻るのにまた1日かかってしまう。シーポーにも行きたいが、今後の時間の事も考えるとさっさと戻って南下しよう。
ということで、次の駅で降りてマンダレーへバック!